中井久夫『治療文化論』(1)

治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)

治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)

帝政ロシアがもっとも早く少数民族研究に着手したことを指摘しておきたい。それが少数民族政策に利用されたことはいうまでもないが、現代が異民族の地を征服する時代から異民族を内に抱え込む時代に変化しているとすれば、近代においてすでにそうであった帝政ロシアあるいはオーストリア=ハンガリーの文化が再び評価されるのは当然であって、わが国が単一民族国家という、まったくの神話のかげに隠れて、多人数の国内少数民族が抱える精神医学的問題にほとんどふれるところがないのは、やはりなげかわしいことである。一例をあげれば、在日韓国(朝鮮)人の治療体験を、明確な自覚的意識のもとに書いたわが国精神医学者の論文は、私の知る限りただの一つに過ぎない。(p15-p16)