小澤京子『都市の解剖学―建築/身体の剥離・斬首・腐爛』

都市の解剖学―建築/身体の剥離・斬首・腐爛

都市の解剖学―建築/身体の剥離・斬首・腐爛

本書は、18・19世紀ヨーロッパの建築家たちにおける「紙上建築」がもつ想像力の問題を解明した著作である。

「紙上建築」とは、作品の建築物としては現存せず、建築家たちが、紙上図面のなかでのみ描いた、頭のなかだけの建築作品群のことである。

本書が主に参照しているのは、ピラネージ、ルクー、ルドゥーなど、「奇想」、あるいは「畸形」ともいえる作品を残した建築家たちである。

彼らの都市・建築表象は、堅牢な建築物を志向したものではない。そのイメージの淵源としているのは、石造による堅牢な建築物というイメージからほど遠いものであった。

彼らは堅牢なものより、「欠損した廃墟」や「病める皮膚」などをモチーフにしていた。本書によれば、18世紀ヨーロッパにおける建築の分野は、むしろ奇想や廃墟のイメージが横溢し、「外部空間と内部空間の厳密な峻別という自明性が崩れた時代」(p34)であった。本書は、その時代の都市・建築表象を追っている。

本書はこのように「欠損した廃墟」、「病める皮膚」というイメージから、まるで壊死や病理で生まれた「傷口」から滲み出す血膿を「紙上建築」の世界から考察している。

イメージの断片から、皮膚組織を診断する。本書を読みながら、本書も意図しないような、別の切り口からの「解剖学」的なあり方も示唆しているように思えた。

そのような本書の分析は、「イメージの可傷性」の心性史と言い換えることも可能ではなかろうか。さらに本書は、冷徹ながらもどこか熱を帯びた筆致で読者を惹きつけてやまない。総じて優れた研究であり、是非一読を薦めたい。