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 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(9)

分裂し、矛盾をはらんだ自己こそが、位置設定に疑いをいだくことができ、記述を行いうるような存在であり、合理的な対話や空想上のイメージ形成作業を構築し、そうした作業に参加しうるような存在である――そして、世界は、こうした作業を通じて変革される。…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(8)

流動的な位置の選び方や情熱的な脱離に関わっていく以上、よく見るという目的で被隷属の立場から見るための戦略として、無垢な「アイデンティティ」ポリティクスや認識論に依拠することは不可能となる。誰しも、細胞あるいは分子で「いる」ことや、女性、植…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(7)

サイボーグ――サイバネティックな有機体――とは、機械と生体の複合体であり、社会のリアリティと同時にフィクションを生き抜く生き物である。社会のリアリティとは、さまざまな実際に生きられた社会関係であり、我々にとって最重要の政治構築物であり、そして…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(6)

個人は、科学的管理の対象でなければならず、これは、協調の科学にあっては必須の支配構造であったのだが、もう一つヤーキーズの議論にとって本質的なものに、自己表現というイデオロギーがあった。自己管理と社会管理の調和は、ひとえに資本主義の教義とし…

ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(5)

事研究は、個人を本格的な生産単位として捉えているので、このディシプリンであれば、知的な協調を科学的に育成し、労働と、適応不良で、進化的には時代遅れでしかないレッセフェールの資本主義体制と間の階級不和を取り除く指向性を有しているはずである。…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(4)

ヤーキーズは、彼のその後の人間工学の仕事を深く貫くことになるテーマを編み出した。……ヤーキーズは、人事研究という、産業における人的ファクターを扱う研究を、新時代の鍵を握る新しい分野だとみなしていた。「人間工学が、今後まもなく、実践活動の重要…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(3)

女性に対して伝統的に割り当てられてきた自然な存在としての対象という地位に対して、我々は、イデオロギーにおいて、自然なるものに対してアンチの立場をとることによって挑戦してきた。しかし、その一方で、そうしたやり方をとってきたがゆえに、フェミニ…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(2)

二〇世紀の社会科学者たちの伝統的なリベラルイデオロギー――自然と文化の間、そして、これら二つの互いに調停不能とされる領域に関わるさまざまな知の形態の間に横たわる、底知れぬ不可避の裂け目を温存しているイデオロギー――を、我々は、額面どおりに受け…

 ハラウェイ.D『猿と女とサイボーグ』(1)

猿と女とサイボーグ―自然の再発明作者: ダナハラウェイ,Donna J. Haraway,高橋さきの出版社/メーカー: 青土社発売日: 2000/07メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 12回この商品を含むブログ (10件) を見るSimians, Cyborgs, and Women: The Reinvention of …