テッサ・モーリス・スズキ『過去は死なない』(4)

ゴーマニズム宣言』シリーズの特徴は、アイロニーの緩やかな死である。初期の作品では、当時の社会問題についての小林よしのりの意見表明は皮肉たっぷりだった。しかし、『戦争論』、『台湾論』、『戦争論2』と進むにつれて、皮肉な調子はしだいに融けて流れだして、漫画の底にある世界観がむきだしになっていく。アイロニーがだんだんと失われたことは、作者の自画像の変化によく見える。『ゴーマニズム宣言』第一作では一貫して、読者に顔をしかめ、怒り、怒鳴りつける、コミカルな姿で描かれている。……『戦争論』のおわりころには、漫画のなかの小林は(ドリアン・グレイの肖像画とは逆の意味で)実物とは似ても似つかないばかりでなく、小林の敵たちの様式化された表現とははっきりと異なるスタイルで描かれている。こうした自己描写の変化は、より広く、歴史表現の中核をなすスタイルの変化の一環であり、小林よしのりの作品のイデオロギー的潜在力全般の理解にも必要である。初期の『ゴーマニズム宣言』は、戯画化された顔や姿でページがうまり、エネルギッシュにびっしり描きこまれている。しかし時間がたつにつれてスタイルは折衷的になる。風刺漫画的なグロテスクな人物像が増えて、細部まで描きこまれた建物や、ひじょうに現実的で”写真のような”肖像画やじっさいのフォトモンタージュなどとひとつ画面に混在しはじめる。また、グラフィック技術も多用されるようになり、それが小林よしのりのトレードマークのひとつになる。たとえば印刷物のコラージューーおびただしい新聞や本の切抜き(あるいは新聞や本の切抜きに見せた絵)が一見無造作に(しかし特定の部分が拡大あるいは強調されて)重なりあい、特定の問題の報道ルポルタージュ学術的な見解であるかのような印象を与える。(p245-p246)