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 中井久夫『西欧精神医学背景史』(2)

精神医学

魔女狩りを許容した第三のものは、ルネサンス宮廷層から一応離れたものであった。それは知識人の沈黙、あるいは加端であり、積極的支持すらあった。その根拠として、彼らが伝統的な文化から抜け切っていなかったというような説明はあまり有効なものではない。むしろここでヨーロッパの中世において次のような、魔女狩りに先駆し、それと連続的な現象があることを指摘する必要があるだろう。


すなわち、一二世紀からのおよそ四世紀間、ヨーロッパがヨーロッパを成立させたその文化的恩人たちを次々に消滅させていったという事実である。第一にユダヤ人である。ローマの末期から一〇世紀にかけて、回教文化をヨーロッパにもたらしたものはユダヤ人である。当時のヨーロッパの知的レベルからみて、アラビア語からラテン語への正確な翻訳はヨーロッパ人の能力を越えたものであった。ユダヤ人翻訳者の存在は不可欠なものであった。ユダヤ人翻訳者の存在は不可欠なものであった。そしてユダヤ人たちは翻訳だけでなく、おそらくその時代において文盲率が最も少なく(幼児期からタルムードによる)きわめて洗練された言語的・学問的訓練を行っていた民族は、ユダヤ人のみであったろう。このユダヤ人がまさにその使命を果し終えたときに、のちにいうポグロム、つまりユダヤ人虐殺が全ヨーロッパ的に開始されるのである。


次はアラビア人である。アラビア人の文化はしばしば単なる翻訳者あるいは伝達者の評価しか受けていない。しかしそれは事実に反する。アリストテレス哲学、あるいはガレノスの医学が、アヴィケンナやアヴェロエスによって継承、発展されたというだけではない。H・シッパーゲスの証明するごとく、ヨーロッパ中世の医学テキストは挿絵に至るまで、アラビア医学書の剽窃に近いものである。一方、啓示の真理と現世の真理との対立と緊張の関係は、アラビアの哲学者によってはじめて鋭く意識されたのであり、この問題設定は単にスコラ哲学に対するその影響だけでなく、まさにこれこそヨーロッパの近代化の一つの大きな思想的契機となっているのであるが、このアラビア人たちがその文化的役割を果たしたのちに十字軍と異端審問の対象となったのである。このような、いわば“育ての親殺し”の連続線上にあるものとして魔女狩りを理解することができる。(p33-p34)