中井久夫『世に棲む患者』(1)

世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫)

世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫)

「世に棲む患者」より。

まったく、経験、それももとよりわが国だけの、そして狭い私の経験にたよって言うことだが、寛解患者のほぼ安定した生き方の一つは――あくまでも一つであるが――、巧みな少数者として生きることである、と思う。そのためには、たしかにいくつかの、多数者であれば享受しうるものを断念しなければならないだろう。しかし、その中に愛や友情ややさしさの断念が必ず入っているわけではない。そして、多数者もまた多くのことを断念してはじめて社会の多数者たりえていることが少なくないのではないか。そして多数者の断念したものの中に愛や友情ややさしさが算えられることも稀ではない。それは、実は誰もが知っていることだ。(p10-p11)