中井久夫『西欧精神医学背景史』(1)

西欧精神医学背景史 (みすずライブラリー)

西欧精神医学背景史 (みすずライブラリー)

ルネサンスは一面においてはアラビアやユダヤを媒介としてきた古代文化に直接接続しようとする文芸復興の試みであるが、他面、魔術的、占星術的、錬金術的なものと結合した秘教的ネオプラトニズムの復興でもあった。ネオプラトニズムを一言にしていえば、世界を統合的な一全体として把握しようとする試みで、しかも実例の収集枚挙や論理的分析によるのではなく、直観と類比と照応とを手掛かりとして、小宇宙から大宇宙を、大宇宙から小宇宙を知ろうとする試みである。たとえば人体は大宇宙の照応物としての小宇宙であり、人体を知ることによって宇宙を知ることができるとする。逆に、星の運行によって小宇宙すなわち人間の運命が予知可能であるとするものである。今日ほとんど忘れられていることでもあるけれども、ルネサンスにおいてエジプトの伝説的占星術者ヘルメス・トリスメギストスは、プラトーンと並ぶ権威をもっていたのであり、かのロレンツォ・ディ・メディチが御用学者フィチーノに命じて古代古典を翻訳させたとき、彼はプラトーンよりもこの占星術者の名と結びついた書物を優先させた。(p26-p27)