田中康二『本居宣長』

 

本居宣長 (中公新書)

本居宣長 (中公新書)

 

 

去年の日本思想史学会にて大変お世話になった、田中康二先生の新著。本居宣長の評伝モノは、戦前からずっとあり、その研究蓄積も膨大なものがあります。従来の本居宣長の評伝は、突き詰めていえば、「歌学から古道へ」という形で整序されたものが多く、「古事記伝の大成」で宣長の思想的来歴は、一つのピークを迎える、という説明がなされてきました。そこに「近代知」の問題が関わっているので、宣長研究は事態がややこしくなっている、というのが現状でして、本格的に宣長を正面から取り組むような研究は、むしろ少なくなっているというのが、僕自身の認識です。

  

「宣長問題」とは何か (ちくま学芸文庫)

「宣長問題」とは何か (ちくま学芸文庫)

 

 

 

本居宣長の大東亜戦争

本居宣長の大東亜戦争

 

 

しかし、宣長の思想をたどる時、果して「歌学から古道へ」という宣長自身の来歴を再度振り返ることも大事なのではないでしょうか。田中先生が「国学者は日常的に和歌を詠み、和歌を詠むことが日本古典文学の研究をすることの知識基盤となっていたということ」(「宣長国学における歌ー敷島の歌・うひ山ぶみ・著者名」、『日本思想史学』第46号、2014年)であると言及しているように、宣長にとって和歌は「日常」そのものであり、歌書を多く出版しています。宣と歌書との関係性は、版本出版とも密接に関係しており、宣長が決して「歌学」を生涯捨てきらなかったという証左にもなるでしょう。

本書では、宣長国学の中ではその思想性が扱いづらい「歌学」の問題をあえて中心課題とすることで、宣長国学における思想像の見直しを図っている、意欲的な著作だと僕自身は考えた次第です。