『表象08』拝読しました(1)
黄金週間をかけて拝読しました。
今回の最新号は、二つの特集、「ポストメディウム映像のゆくえ」と「ドゥルーズの時代」を主軸として、掲載論文4本と書評7本という構成です。
まず、「特集1:ポストメディウム映像のゆくえ」は、デジタル・エフェクトに重きを置いた、異種混淆的な芸術創作が進行している現場では、諸ジャンルが交錯しながら作品が創作されることはさして珍しいことではなく、このような「デジタル時代」における芸術創作の変容は、既存の美術批評における「言語」では説明ができない時代的状況にあることを例示しているという認識に立ちながら、近年提起されている「ポストメディウム」という概念に着目し、その理論的射程と可能性を考察した特集だと受け止めました。門林岳史さんは、「ポストメディウム」という概念を俎上にあげた、二人の理論家であるレフ・マノヴィッチと、ロザリンド・クラウスを紹介しながら、次のように「ポストメディウム」概念について解説しています。
マノヴィッチによれば、デジタル時代において個々のメディウムはコンピュータ内のデータや演算に還元され、ソフトウェア上で並置されるそれらメディウムのあいだの根源的な差異は消滅する。これが、マノヴィッチのニューメディア的状況であり、デジタル映画における実写とアニメーションの融解は、その典型的な実例である[1]。
美術批評の言説内部における様々な含意を度外視すれば、クラウスが述べているポストメディウムの条件ないしポストメディウム的状況――英語の「post-medium condition」は両方を含意している――とは、芸術表現がそのジャンルに固有のメディウムには還元できなくなり(モダニズムの終焉)、むしろ様々なメディウムの領域横断的な使用こそが作品制作における所与となった状況をさす。クラウスの一連の議論は、こうした状況下で批評的概念としてのメディウムを延命させることに向けられている。すなわち、モダニズムの時代の美術批評家クレメント・グリーンバーグの規定――それぞれの芸術ジャンルに固有の物理的基盤――を拡張し、芸術制作における様々な約束事(コンジャクション)をも含みうる概念として再定義しつつ、メディウムの異種混淆性やメディウムが内部にはらむ自己差異化の契機などを強調していくことになるのである[2]。
門林さんによる提起を引き受けた形で行われた、加治屋健司+北野圭介+堀潤之+前川修+門林岳史「共同討議 ポストメディウム理論と映像の現在」は、とりわけ現在の映像論・美術論をめぐる理論的状況について理解するうえで、興味深いものでした。また、阪本裕文「多義性の摘出―実験映像におけるポストメディウム論の有用性」は、短い論考ながらも、実際のヴィデオアートや実験映画の作品を例示しながら、「ポストメディウム」論の可能性について論じており、読み手である私自身は、映像・映画・美術は不得手な分野なのですが、この特集のなかでは、阪本さんの論文は、一番関心を抱きました。やや長くなったので、「特集2:ドゥルーズの時代」の感想と、投稿論文・書評などは近いうちに改めて書きます。
ニューメディアの言語―― デジタル時代のアート、デザイン、映画
- 作者: レフ・マノヴィッチ,堀潤之
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The Language of New Media (Leonardo Book Series)
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