アガンベン.G『例外状態』(9)

この光に照らして王の二つの身体についてのエルンスト・カントローヴィチの理論〔『王の二つの身体』(一九五九年)〕を再読し、いくつかの訂正をほどこしておくべきだろう。カントローヴィチは、彼がイギリスとフランスの君主政体のために復元しようと努めていた理論にはローマの先例が存在することの重要性を概して過小評価していた。そのために彼は権威と無限とのあいだの区別を王の二つの身体の問題や「威厳は死なない」(dignitas non moritur)という原則と関連づけるということをしなかった。しかしながら、主権者はたんなる権限の体現者ではなくて、まずなによりも権威の体現者であったからこそ、権威は「似像の葬儀」(funusimaginarium)において主権者の蝋製の分身を仕立てあげるという複雑な儀式を必要とするほどに王権者の物理的人格と緊密に結びついていたのである。一政務官の権限が終焉したということだけなら、それはいかなる仕方で身体の問題を含まない。ある政務官が他の政務官の地位を引き継ぐさいには、この職務の不死性を前提とする必要はない。主権者は、ローマの元首以来、自らの人格それ自身において権威を表現しているからこそ、また「尊厳ある」生活においては公的なものと私的なものとが絶対的な無区別の地帯に入ってしまっているからこそ、威厳(dignitas――これは権威の同義語にほかならない)の連続性を保証するための二つの身体を区別する必要になるのである。

ファシズム体制におけるドゥーチェDuce)〔統領〕やナチズム体制におけるフュ―ラー(Führer)〔総統〕のような現代の現象を理解するさいにも、重要なのは、彼らと元首の権威との連続性を忘れないことである。ドゥ―チェもフュ―ラーも憲法に規定された政務官職や公的職務を代表しているわけではない。たとえムッソリーニとヒトラーが、ちょうどアウグストゥスがコーンスルの最高命令権や護民官の権限を受けたように、それぞれ、内閣の首相やライヒの宰相の職務を引き受けていたにしてもである。ドゥ―チェやフュ―ラーとしての資質は直接に当人の物理的人格につながっており、権威の生政治的な伝統に属しているのであって、権限の法的な伝統に所属しているのではない。(p168-p169