いまのところの予習では

現在は、「近世仏教堕落史観」へのアンチテーゼとして、70年代半ばに提出された近世浄土真宗=特殊論は、現在見直しが進められているけど、幕末護法思想における主要論者たちは、浄土真宗の僧侶がほとんど。

逆に言えば、他の宗派の僧侶たちは、浄土真宗のように、「護法」を説く必要性がなかった。それはなぜか。竜温の「護法思想」は、幕末仏教界の総意を代弁しているわけではなく、むしろ浄土真宗という「宗門意識」に根差したもの。

そのあたりに、何か考察の鍵はないかと思案しているところです。