中井久夫『「思春期を考える」ことについて』(2)

「数学嫌いだった天才数学者」より。

まず、ウィーナーは二十世紀の数学者の中ではもっとも数学者らしくない数学者の一人である。電算機と縁の深いもう一人の数学者「ゲームの理論」の創始者のノイマンが計算の神様だったのと対照的にウィーナーはよく計算をまちがえた。彼の著書は記号の脱落や誤りが多いので有名である。それだけでなく彼の好んで扱う主題は数学者ならば大抵の者が泥くさく感じられるようなもので、いわゆる数学者好みではない混沌とした扱いにくいものを対象とした点にウィーナーの数学の特色がある。神童ウィーナーは、数学が好きではなかった。彼は、くり返し数学からの脱出を試みている。大学も大学院も専攻は生物学であるが、当時はこれほど早熟さが威力を発揮しない分野もない。だいいち近眼で不器用な彼はろくに実験や観察ができない。結局大学でも大学院でも卒業間際になって専攻をかえ、お手のものの数学で論文を書いて卒業するという破目に陥っている。(p260-p261)