田尻祐一郎『江戸の思想史』

江戸の思想史―人物・方法・連環 (中公新書)

江戸の思想史―人物・方法・連環 (中公新書)

「通史」を書ける人は、研究者でもそれほどいるわけではない。「通史」というのは、やはり著者の持ち味やカラーが出てくるようなものだと思う。自分もそのような研究の場に身をおいている人間なので、どのような「切り口」で本書は江戸思想史を書いているのか、というところにどうしても目が行ってしまう。


本書の主旨は、〈人と人との繋がり〉を意識しながら、江戸時代における「思想の雑多性」に着眼点を置いている。一見すると無関係な思想でも、接合や葛藤を繰り返し、生み出されていく思想のエネルギーを感じとって欲しいという、著者の意気込みも伝わってくる。かかる観点から、本書では「イエ」意識・書物流通・商品と市場・「日本」意識・性と差別の問題をピックアップしながら、江戸思想の「通史」を編んでいく。


身の上話で恐縮だが、学部生の時にはそのような「通史」が新書になることはなかった。入門書を飛び越えて、そのまま「専門書」を読むしかなかったことを思い出した。難しい単語に出会った時に、頓挫するようなこともしばしばだった。入門書となる新書は、必要であろうと思う。


江戸思想を研究している若手研究者の間では、自分たちのことを「絶滅危惧種」と自虐的に言うこともあるが、それは危機感の現れでもある。本書を手に取り、江戸思想史研究を志す若い学生に、入門書として読んで欲しいと切に願う次第である。