中井久夫『徴候・記憶・外傷』(1)

徴候・記憶・外傷

徴候・記憶・外傷

面接は、複雑な連立方程式を解く過程の連続である。ただ変数に比べて式の数が少ないのが普通である。こういう場合、電算機以前の天文学者は、多くの変数に負の無限大から正の無限大までを代入して解いていった。これを「腕力で解く」というが、私もまさにこれと同じことをしている。……質問を行い、仮説を立てる際に、過去の症例を呼び出すのだが、浮かび上がってくるのは、どことなく似た例である。どこが似ているかを吟味するのが、次の順序である。初対面の人に会った時に、既知の誰に似ているかを思いつくのが先で、どこが似ているかを考えるのが後であるのと同じである。(p268)