ホルワード.P『ドゥルーズと創造の哲学』(1)

ドゥルーズと創造の哲学 この世界を抜け出て

ドゥルーズと創造の哲学 この世界を抜け出て

Out of This World: Deleuze And the Philosophy of Creation

Out of This World: Deleuze And the Philosophy of Creation

存在と創造の等置という、ドゥルーズ存在論の第一にして最も広範な含意は、存在する全てのものが同じ意味または仕方で存在するということである。もしも全てが創造だとすれば、このことはまず、そして主に、存在の仕方は一つしかないということを意味する。「〈存在〉は一義的であるという、たった一つの存在論命題しか、存在したためしはなかった」という断定と共にドゥルーズの仕事は始まる。存在は両義的または多義的であるよりはむしろ一義的である。全ての存在は己の存在を単一の声で「表現する」と一義的存在論は宣言する。そしてドゥルーズに拠れば、「パルメニデスからハイデガーまで、取り上げられてきたのは同じ声である[…]幾千もの多声の全体に対して単一の同じ声が、全ての水滴に対して単一の同じ〈海〉が全存在に対する単一の〈喧騒〉が(DR,35,304)。諸々の思考と諸事物、諸有機体と諸観念、諸機械と無数の感覚――これらは全て、この言葉の一つの意味で、存在する。個体化した全ての存在は、存在の一つの同じ活動と分節化に寄与する。(p27)