李良枝『刻』(7)
……誰が私を語るのか、私の代わりとなって……お前が嘘をついている、と何のこだまが答えるのか……。呟き始めた詩の一節がとぎれた。……私は在るのか。在ったのか、眠っているのか。醒めているのか……。
女は目をつむる。
[……]
……けれども世界は厳然としています。あなたの見ているその時計、その秒針が刻む音とともに、説明を拒んだ、全く説明を拒んだ強烈さで厳然としています。
はっとして、目を開ける。
バスが止まっている。
ドアに人々が、駆け寄っていく。
人がこぼれ、人を呑みこみ、バスが、走り出す。
カチッ、カチッ、カチッ、……交錯する絵柄の連写は、一時も止まることはない。
……私が、この風景を必要としている。私が、この今の、この風景にとりすがっている。真の呼吸も、真の矜恃さえも、この風景の中に、在る。(p146-p147)