李良枝『刻』(2)

「刻」という題には、しかし、「秒」や「時間」とは違ったニュアンスがある。「刻」という小説の中では、一秒一秒が主人公にとって、物理的に刻まれてゆくものなのである。名詞にも動詞にもなる「刻」という漢字は、主人公が島国から渡ってきたアジア大陸の重厚感があり、島国で生まれ育った彼女にとってはある種の圧迫感もあるようだ。生命が刻まれて、生命が一秒ずつけずられてゆく、その感覚は、「とき」や「せつな」という大和ことばよりは重い(p230)