中村春作他編『続「訓読」論』(1)

続「訓読」論 東アジア漢文世界の形成

続「訓読」論 東アジア漢文世界の形成

中村春作「『訓読』論から東アジア漢文文化形成を考える」より。

思想・宗教・文化は、テキスト(経書、経典)と共に伝播した。それは必然的に個々の「読み方」を形成し、その方法と共に、思想・宗教・文化は個別地域社会内に血肉化された。東アジアにおいて、それはもっぱら「漢字」「漢文」に載るかたちで拡散し、受容された。儒教や儒教の「知」(そして仏教や仏教の世界観)が東アジア世界に知的共有財として流通する過程で、漢文テキストが、個別言語世界の中で消化され、それぞれ内的に蓄積、発展してきた長い経緯を持つのである。テキストとしての『論語』が、それぞれの言語世界でどう「読まれ」、その「知」がどう体内化されたかということは、個別文化形成の問題であると同時に、東アジアにおける〈普遍〉的学問としての儒教そのものの成立に関わる出来事である。漢文テキストは東アジア世界に拡散し、相異なる「読み方」を形成すると共に、それら運動の集成が「東アジア世界」そのものを形づくったのだとも言えるからである。儒教がそうであり、漢訳で朝鮮、日本に伝播した仏教がそうである。「東アジア世界」は最初から在ったわけではない。漢文文化世界の展開とともに成立したのである。(p7)