桑原恵『幕末国学の諸相―コスモロジー/政治運動/家意識』

幕末国学の諸相―コスモロジー/政治運動/家意識

幕末国学の諸相―コスモロジー/政治運動/家意識


宣長の古語研究は現代においても評価が高い。そして現代の言語学的な立場からは盛彬よりも宣長の古語研究の方が理解されやすい。・・・・・・盛彬は一見したところでは和歌に「実情」を詠むことが重要だと述べている点で宣長と大差ないように思える。しかし、彼の和歌論を読み進めると和歌表現の「正しさ」について、「言霊」論をひきながら論じていく。また、宣長においては如何に作者の「情」を「正しく」表現するかが和歌の課題であったのに対して、盛彬においては「情」や「心」といった内面よりも「実景」が重視され、より「事実」が重視されているように思われる。盛彬や当時言霊思想に傾倒した人たちにとっては移ろいゆく「情」よりも確固とした「事実」が重要であり、それを表現することは物の霊を言葉で表現することになり「言霊」を正しく「結んで」始めて「事実」を正しく伝えることができるという視点に立っているのである。

盛彬は、「言葉」で「物」を表現するとき万物を生み出す「産霊」の作用と同じことを、「言霊を結ぶ」ことで行っていると考えていたと理解できる。そしてこのように「産霊」によって世界の創造と生成を説く思想が人の行為としても「言霊の結び」として可能となるとする思想に展開したことによって、盛彬の和歌論は個人の「情」よりも「産霊」の正常な働きの再現が重視されることとなり、「情」が和歌論から後退していくこととなった。(pp74-pp75)