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バシュラール.G『科学的精神の形成』(21)

バシュラール

 

精神は現在の時点の困難さを考えず、明日の困難さを考える。いま作動している装置のなかに確実に閉じ込められている現象ではなく、自由な、野性的な、不純な、ほとんど名前のない現象について精神は考えるのだ!この命名されないものから、哲学者たちはひとつの命名しえないものをつくる。……しかし、科学の社会的な生命にとくにあらわれる、このようなサディスト的傾向、あるいはマゾヒスト的傾向にしても、単独の科学者の真正な態度を十分に表わすことはできない。それはまだ厳密な科学的客観性を獲得するために、科学者がみずからの知性の放棄という必然性、たえず発生している必然性に直面させられている。だれの目にも明らかなこの放棄、直観の剥奪、愛好するイマージュの放棄、ということがなくては、遠からず客観的探求はその生産性を失うのみならず、発見のベクトルそのもの、帰納的な飛躍までも失うことになるであろう。客観性にいたる瞬間をくりかえし体験すること、たえず客観化の発生する状態に身をおくこと、そのためには非主観化への不断の努力が必要である。主体と対象という二種の隷従から精神分析的に解放された精神において、外向性から内向性に変動するときの至上の歓喜!客観的発見が即座に主観の修正となるのである。もし対象がわたしを教えるなら、対象はわたしを修正するのだ。対象に対し、おもな恩恵として、わたしは精神の修正をあたえてくれるように願う。(pp418--pp419)