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 アガンベン.G『事物のしるし』(4)

アガンベン

同。

流行(モード)もまた、しるしの特権的な領域である。まさしく流行においてこそ、しるしはその純粋に歴史的な性格を示す。というのも、そのつど認識されるべきアクチュアリティは、つねに時間的な参照と引用のたえまないネットワークを介して構成され、それによって「もはや〜ない」「新たに」などと規定されるからである。つまり流行は、時間のなかに独特の断絶を導き入れる。アクチュアルであるかそうでないか、あるいは流行しているかもはやしていないかによって、時間が分断されるのである。……つまるところ流行のしるしは、年代(二〇年代、六○年代、八○年代、……)を線的なクロノロジーから剥ぎ取り、スタイリストの身振りとの特別な関係のうちに配置する。スタイリストは年代を引用して、それを現在という計算不可能な「いま」のうちに出現させるのである。しかしこのことは、それ自体としては把握しがたい。というのもそれは、過去のしるしとのカイロロジー〔ハイデガーの造語で、ギリシャ語カイロス(好機)に由来する時間概念。直線的な時間概念のクロノロジーと対比される。〕的(クロノロジー的でなく)な関係のもとでのみ、生きるからだ。このために、流行に乗っているということはパラドシカルな状況であり、なにかしらの余剰や知覚できないほどのずれを必然的に孕んでいる。そこでは、アクチュアリティは、その内部にみずからの外部の一部分を、〈流行遅れ〉(démodé)の陰影を、含み込んでいる。(p115)