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 アガンベン.G『事物のしるし』(2)

同。

フーコーは『知の考古学』のはしがきと完全に一貫した仕方で、主体(科学共同体のメンバー)の観点にもとづいた通常科学の構成を可能にする基準から、主体へのいかなる準拠もない「言表の全体」と「形象」(「言表の全体が浮き彫りにされ」「そのように描き出された……形象」)の純粋な生起へと、注意を移しているのである。そして、さまざまなタイプの科学史にたいして、フーコーエピステーメーという固有の概念を定義するとき、そこでもまた、規範や共通公理を主体に押しつける世界観や思考パターンのようなものを特定することが問題なのではない。むしろエピステーメーとは、「ある特定の時代にあって、エピステモロジー的形象、科学、ことによると形成された体系、といったものを生じさせる言説実践を統一しうる関係の全体」(ibid.,250)なのである。エピステーメーが定義するのは、クーンのパラダイムのようにある特定の言説ないしエピステモロジ―的形象が与えられているという事実に含まれているものである。つまり、「科学的言説の謎において争点になっているのは、科学たるための権利ではなく、それが現実存在しているという事実である」(ibid.,251)。(p23)