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 趙景達『近代朝鮮と日本』

近代朝鮮と日本 (岩波新書)

近代朝鮮と日本 (岩波新書)

朝鮮近代史研究における第一人者の趙景達さんの近著。

近代における朝鮮半島の歴史は、大日本帝国との関係を抜きにして語ることはできません。

光復後の朝鮮史研究は、大日本帝国の暗い影との苦闘の過程でもあったわけですが、本書は近年の研究を取り入れながら、李氏朝鮮末期から韓国併合までの通史を描いています

本書は、「政治文化」という概念を取り入れることで、通史的叙述だけでなく、従来の近代朝鮮史研究の克服も目指しています。現在では、「植民地近代性論」と呼ばれている研究が盛んになっています。それは、ポストコロニアル理論を参照軸にしながら、朝鮮半島における大日本帝国の植民地支配をめぐる問題を取り上げる研究が多くなされていて、その事例も豊富だと言えます。

しかし本書は、近年の「植民地近代性論」も、「近代を絶対化してしまっている」(pp鄴)と指摘しています。この意味で本書が「政治文化」に着目するのは、むしろ「近代的な方向には進もうとしない歴史の発展を見ていくことが、近代を相対化」する可能性と、同時に「西欧近代の亜流の道を進んだ近代日本を批判すること」(同)にもなるとしている点です。

また、本書のキー概念に当たる「政治文化」とは、「政治や抗争が行われる際に、その内容や展開のあり方などを規定する、イデオロギー、伝統、観念、信仰、迷信、願望、慣行、行動規範(ルール)などの、政治過程に関わる一切の文化」(pp鄴-pp鄽)のことですが、その理念や原理は、その反映のあり方は現実の世界とは異なるような様相がどの地域も見られるという視点から、近代朝鮮の歴史を叙述した著作だと言えるでしょう。

本書を読んだ印象ですが、前近代の朝鮮半島における「儒教=朱子学的思惟」に規定されつつ、近代朝鮮の歴史とは、その葛藤と苦闘、あるいは対峙にとして描写されています。しかし、伝統的な理念は容易に克服できないもの、というようにも読むことも可能で、それを突き詰めると、そういう印象を抱いたのは、本書が「政治文化」にこだわったためかもしれません。

しかしながら、本書は近代朝鮮史を参照する際に、現在の研究水準が理解できるような工夫はなされていますし、現在の東アジア関係の歴史認識問題の背景を知る上でも、大事なんじゃないかと思います。「あとがき」によれば、続編の予告がなされているので、韓国併合後の通史については、今後に期待したいところです。