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アガンベン.G『例外状態』(1)

 

例外状態

例外状態

 

 

Lo stato di eccezione

Lo stato di eccezione

 

 

例外状態の定義を困難にしている諸要素のうちには、たしかに、例外状態が内戦や蜂起やレジスタンス活動とのあいだで緊密な関係をもちつづけているということがある。……かくして、二〇世紀には、「合法的内戦」と定義されることが有効であるような、ある逆説的な現象が観察されえたのであった(Schnur,1983)。ナチス国家の場合を考えてみるとよい。ヒトラーが権力を掌握するやいなや(あるいは、おそらく正確な言い方をすべきだとすれば、権力が彼に託されるやいなや)、彼は一九三三年二月二八日、ヴァイマル憲法のうちさまざまな個人的自由に関する条項を一時停止する「民族と国家を保護するための緊急令」を公布した。この政令が撤回されることは結局なかった以上、法学的な観点からすれば、第三帝国は全体として一二年にわたって継続した例外状態とみなすことができるのである。この意味で現代の全体主義は、例外状態をつうじて、政治的反対派のみならず、なんらかの理由によって政治システムに統合不可能であることが明らかとなったさまざまなカテゴリーの市民全体の物理的除去をも可能にするような、合法的内戦を確立しようとしたものと定義することができる。それ以来、恒常的な緊急状態の自発的な創出が(たとえ法技術的な意味では宣言されることがなかった場合でも)、いわゆる民主主義国家をも含む現代国家の本質的な実践のひとつとなったのだった。

例外状態は、「世界的内戦」と定義されてきたものの押しとどめることのできない進行を前にして、ますます現代政治において支配的な統治のパラダイムとして立ち現われつつある。一時的で例外的な措置がこのようにして統治の技術に転位したことは、憲法体制の諸形態についての伝統的な区別の構造と意味を根本から変容させかねない。そしてすでに事実上、それと察知できるくらいに変容させてきている。それどころか、例外状態は、こうした展望のもとで、民主主義と絶対主義とのあいだに設けられた決定不能性の閾として立ち現れるのである。(p9-p10