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テッサ・モーリス・スズキ『北朝鮮へのエクソダス』(5)

一九五二年四月二十八日をもって、在日朝鮮人は、公営住宅入居の権利を含む主要な社会福祉をうける権利を失った。戦後の数十年間に日本の福祉制度が発達していくなかで、こうした排除の規定はますます強化され、そのためにますます厳しくなった。たとえば、岸信介政権下の一九五九年、最初の帰国船が新潟から北朝鮮に向けて出航する前に、国民健康保険と国民年金の制度が発足したが、日本在住の外国人は除外する、と明確に規定されていた。さらに、在日朝鮮人は外国籍のゆえに医療などの専門職から除外され、公――エリート官僚としての仕事から、国有鉄道の列車の運転手、地方自治体の道路清掃職員の職まで――からも閉め出された。また、在日朝鮮人には二十年以上ものあいだ、海外に出たあと日本に自動的に再入国する権利がなかったし、太平洋戦争終結時とその後の混乱のなかで朝鮮に取り残された在日朝鮮人の配偶者や子には、たとえ家族を訪ねるためでも、日本に入国する権利がなかった。……一九五二年、困窮した朝鮮人コミュニティが手のつけられない社会的混乱に陥ることを防ぐため、厚生省が特別な「慈悲」を施した。日本在留の朝鮮人や台湾人は、あらゆる社会的権利を失ったのだから、極貧層のための最低限の扶助である生活保護だけは今後も申請してもいいと表明したのである。権利による恣意的な慈悲は両刃の剣だ。与えたものは、同じように恣意的にとりあげることもできる。なによりも、そのとりあげる力を、朝鮮人社会全体を懲らしめ、行動を規制し、動きを操作するための道具として使うことができる。(p89-p90)