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柏原祐泉「護法思想と庶民教化」

江戸仏教

柏原祐泉「護法思想と庶民教化」、解説、pp533-pp556。から抜粋。

排仏論は倫理的立場、人間主義的立場、経済的立場、科学的立場、或いは神国観に基づくものなど種々であったが、キリスト教の神学的立場によるものは別として、それらはおおむね近世的時代精神によるものであったから、これを反駁し切ることは不可能であり、したがって究極的には妥協し、各排仏論の論旨を認めたうえで自己主張をする程度に終わっている。したがって、仏教が反倫理的であり、人倫の道を否定するものであるとの指摘に対しては、仏教は世俗倫理と矛盾せず、かえって世俗道徳と一致することを説いて応酬し、また経済的立場で仏教が封建経済を侵蝕するとの経世論家の排仏論に対しては、仏教は王法(国法)遵守を説いて国民教化に資することを指摘して、政治との結合を説き、神国観からの排仏に対しては、旧来の本地垂迹説によって神仏関係を説いたり、須弥山説擁護の関係を説いて防禦につとめた。……以上、要するに排仏論書への反駁は、いわば消極的な自己保全に終わるのみで、清新な時代への発言への提言はほとんどなされなかったといえよう。(pp536-pp537)