吉田麻子『知の共鳴―平田篤胤をめぐる書物の社会史』

知の共鳴―平田篤胤をめぐる書物の社会史

知の共鳴―平田篤胤をめぐる書物の社会史

本書は平田国学を〈書物〉という媒介を通して照らし出した好著だといえます。

平田国学は、都市部の知識人社会からは受け入れられなかった反面、在村社会に浸透したというイメージがあります。また篤胤を考えるとき、「政治運動」的な側面もフィーチャーされてきました。

本書を読めば、たとえば神代文字論を前面に押し出した『神字日文伝』を篤胤と一緒に合作した屋代弘賢は、幕府の右筆職にいた方で、いわば権力中枢に近い人ですが、篤胤にいたって協力的ですし、また平田鉄胤は、気吹舎の門人たちが、公儀に対して「何かやらかしたらどうしよう」と気を揉んでばかりいます。

先述した事例だけでも本書が提示する篤胤の思想像は、従来の研究史が抱くものと様相を異にしています。

その上で、関係史料を掘り起こしながら、書物の伝播ルートを解明し、気吹舎自体が篤胤の著作をコントロールしていたこと。また地方ごとに求められる書物は差異があること。どこにどういうニーズがあるかマーケティングリサーチを行っていることなんかは、そして篤胤の著作のなかでも「政治色」の濃いものは、写本すら許可していないことという事実は、むしろ気吹舎が一定の「戦略性」をもっていたことを本書は提示しており、どの論点も重要なものです。

テクスト分析は思想史が得意とするところなのですが、本書のように史料そのものが持つ意味合いについて丁寧に扱いながら、〈知の共鳴〉に迫る手法は、拝読して自分も学ぶところがありました。

雑駁ですが、読書メモとして書き残しておこうかと思った次第です。