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 佐藤慎一『近代中国の知識人と文明』(3)

中華人民共和国において、知識人は「知識分子」と呼ばれる。それは主として学歴を基準とした概念であって、「労働者階級」や「農民階級」と異なり、格別の社会的価値を内包した概念ではない。そもそも毛沢東思想のもとで大衆路線を掲げる中国共産党にとって、延安時代の整風運動に見られるように、知識人は党内官僚制を生み出しかねない存在として、常に警戒と改造の対象であった。中華人民共和国成立後も、特に一九五七年の反右派闘争を契機として知識人に対する監視と抑圧が顕著となり、それは文化大革命において頂点に達する。「貧しいことと、文化的に空白であること」[一窮二白]を革命の原動力とみなした文化大革命下の中国においては、知識を有するということ自体が否定的価値を帯びたこととみなされ、知識人に対しては、地主・富農・反革命分子・悪人・右派・叛徒・特務・走資派に次ぐ「九番目の鼻つまみ者」[臭老九]のレッテルが貼られて、労働改造の対象とされた。中国の王朝体制が「知識人支配」をその特徴としたのとまさに正反対に、中国共産党の支配は「反知識人批判」をその特徴としたのである。