中井久夫『世に棲む患者』(2)

私は、いわゆる"社会復帰"には、二つの面があると思う。一つは、職業の座を獲得することであるが、もう一つは、"世に棲む"棲み方、根の生やし方の獲得である。そして、後者の方がより重要であり、基礎的であると私は考える。すなわち、安定して世に棲みうるライフ・スタイルの獲得が第一義的に重要である。「働かざる者は食うべからず」(パウロ)と人はいうだろうか。しかし、安定して世に棲みえない――そのような座をもたない――人に働くことを求めるのは、控え目にいって苛酷であり、そして短期間しか可能でないことだろう。……私は、安定したライフ・スタイルとして、同心円型のみを考える必要はまったくないと主張したい。むしろ、「世に棲む患者」のライフ・スタイルは、自然に、さきに述べた意味での少数者のライフ・スタイルに似たものとなっていることを指摘したい。(p24-p25)