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 『新しい貧困』(2)

一般に、厚生、そしてとくに福祉国家という発想は、労働倫理とは曖昧な関係にある。事実、福祉という発想は、次のような二つの和解しがたく対立する形で労働倫理の中核的発想と関連があり、それは長年にわたって議論の的となっており、現在のところ、すべての側が受け入れられるような解答は存在しない。


一方で、個人の福祉の集団的な保障を支持する者は、労働によって支えられる生活こそ正常である点を承認した。彼らは、すべての人々のための完全雇用が実現していないために、その規範が広範に支持される状態にほど遠いことと、労働倫理の規範を現実のものとするためには、船から落ちる人々を救い出す必要があることを指摘した。また、経済不況の時代に一時的に失業状態に陥っても、いったん経済状態が回復して、また仕事の口が見つかるようになったら、「普通に振る舞える」、つまり、仕事につける準備を整えておく必要がある。こうした議論によって、福祉国家は、社会の健全さの規範であり尺度としての労働倫理の力を支持する必要がある一方、その規範の着実で広範な履行にまつわる諸問題の影響を最低限にとどめようと努める。


他方で、厚生という考え方は、国家に対する貢献度にかかわらず、いかなるときでも、政体のすべての成員に、立派な尊厳ある生活を「権利」として保証すべきだと主張することで、(明示的にもしくは暗示的に)、生計と、社会的に有益なこと」、すなわち、雇用状態においてのみ可能と考えられる生産面での貢献を切り離すことを可能とし、同じ理由で、労働倫理のもっとも神聖で疑問の余地のない前提を奪うことになった。それは、尊厳ある生活への権利を、経済的な成果に関わる問題というよりも、政治的な市民権の問題としたのである。(p88-p89)