桑野隆『未完のポリフォニー』(6)

ボガトゥイリョフ(バフチン)の記号論が、すぐれて動的であり、一見不動に見える伝統のなかに即興性を剔出してゆくのも、畢竟、それは、その記号論が「広場」の思想のなかで生を受けたがゆえにほかならない。あるいはまたムカジョフスキイの著作がすでに示すように、そもそもソ連やチェコの記号論は、フォルマリズムとマルクス主義が相互交流の場で出会う、いや対決することによって成立したものであった。記号論は、みずからが生まれたこの「場の記憶」を失わないことが望ましい。(p221)