イ・ヨンスク『異邦の記憶』

異邦の記憶―故郷・国家・自由

異邦の記憶―故郷・国家・自由

「李良枝 ことばへの鎮魂」より。

由煕は日本と韓国という二枚の鏡にはさまれ、日本の鏡をみれば朝鮮人が、韓国の鏡をみればひょっこりと日本人がみえるという、どこにも出口のない地獄にとじこめられてしまったのだ。その二枚の鏡のあいだで反転しあう像のさなかで、ことばは「わたしたち=ウリ」という支えを失ってしまい、主体はいつのまにか物質になっていく。そしてついには、そのめまぐるしい像の反転のなかで主体性は遠く去ってしまい、赤裸な肉体だけがぽつんとのこる。李良枝の文学は、この物質化したことばの暴力性への底深いおびえにつらぬかれている。(p74)