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 李良枝『刻』(1)

刻 (講談社文芸文庫)

刻 (講談社文芸文庫)

リービ英雄「李良枝という奇跡」より。

言語と言語、ないしは文化と文化の間に人の動きが限りなく複雑になった二十一世紀から振りかえると、イギリスとインドのそれとはまた違った、日本と韓国の近代史から生み出された、「選ぶのか選ばないのか」という内容をもつ文学が日本語で書かれたことの意味は大きく見える。その中で意識と感性のレベルにまで、一個人の言語感覚のレベルにまで深く、李良枝が「在日」の小説を書いていた。一九八〇年代から、その創作活動が急逝によってあまりにも早く途絶えた一九九ニ年まで、李良枝が日本文学の中で存在していたことは、ある種の奇跡のように思われる。ぶ厚い一冊だけの「全集」に収まる李良枝の作品群によって、日本人でも韓国人でもない読者にも十分読まれ得る、英語でもフランス語でもないもう一つの「世界文学」が誕生しようとした。(p229-p230)