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 スピノザ.B.D『知性改善論』(1)

一般生活において通常見られるもののすべてが空虚で無価値であることを経験によって教えられ、また私にとって恐れの原因であり対象であったもののすべてが、それ自体では善でも悪でもなく、ただ心がそれによって動かされた限りにおいてのみ善あるいは悪を含…

 浅野俊哉『スピノザ―共同性のポリティクス』(6)

スピノザの思想が環境をめぐる思想と実践に与えている影響は極めて大きい。……環境破壊が現在のスピードで進行すれば、今でも徐々に進行中のこうした全体主義的(ないし全体論的)な思想の影響力はさらに強まっていくだろう。そして、地球環境が仮に破局的な状…

 スピノザ.B.D『スピノザ往復書簡集』(1)

「書簡二 スピノザからオルデンブルク」より。 私は神を、各々が自己の類において無限で最高完全な無限数の属性から成る実有であると定義します。この際注意していただきたいのは、私が属性ということを、それ自身において考えられるいっさいのものと解して…

 スピノザ.B.D『知性改善論』(6)

一体記憶とは何であろうか。それはほかでもない、脳における印象の感覚がその感覚の一定持続の意識と結びついたものである。これと同じことが想起の場合にも見られる。なぜなら、想起にあっても精神はこうした感覚を意識するから。しかしそれは間断のない持…

 スピノザ.B.D『知性改善論』(5)

もし神又は全知なるものが何かあるとするなら、そのものは絶対に何ごとも虚構し得ないということになる。実際我々に関するところで言えば、私は、自分が存在することを識る上は、自分の存在又は不存在を虚構することが出来ない。同様にまた私は、針の穴をく…

 スピノザ.B.D『スピノザ往復書簡集』(5)

「書簡三十二 スピノザからオルデンブルクへ」より。 ところで人間の精神について申せば、それもまた自然の一部であると考えます。即ち、私の見解によれば、自然の中には思惟する無限な力(potentia infnita cogitandi)が存在し、この力は無限である限りに…

 スピノザ.B.D『スピノザ往復書簡集』(4)

同。 さらに我々は、表象力が単に精神の状態のみによっても生ずることを知っています。というのは、我々の経験によれば表象力はすべてのことに関して知性の跡を追い、知性がその証明を連絡し結合すると同様の秩序でその表象像や言葉を連絡し結合するものであ…

 スピノザ.B.D『スピノザ往復書簡集』(3)

「書簡十七 スピノザからピーテル・バリングへ」より。 お手紙にあった前兆について申しましょう。あなたはお子さんがその亡くなる少し前に病床で発したと同じような泣き声を、お子さんがまだ健康で元気でおられた時にも聞いたと言われます。私の考えではそ…

 スピノザ.B.D『スピノザ往復書簡集』(2)

「書簡十二 スピノザからロデウェイク・マイエルへ」より。 実体に関して私の注意したいのは、次のことです。第一に、実体の本質には存在が属すること、換言すれば実体の本質と定義だけからして実体の存在することが帰結されることです。・・・・・・それから私は…

 浅野俊哉『スピノザ―共同性のポリティクス』(3)

ドゥルーズがスピノザと共にこう語るとき、私たちは、一つの「実験」を促されているかもしれない。私たちは、一つの身体、一つの心が、ある出会いにおいて、ある出会いにおいて、ある組み込みにおいて、ある結びつき会いにおいて、何をなし得るかあらかじめ…

 浅野俊哉『スピノザ―共同性のポリティクス』(2)

しかし、何といっも、『エチカ』の偉大なところは、そのような意味での善を人が試みようとする際に、それに対する障害や、抵抗となる心的要素を決して過小評価しなかった点にある。彼は、「感情の本性や力について、また諸感情を導く際に、精神が何をなし得…

 浅野俊哉『スピノザ―共同性のポリティクス』(1)

スピノザ共同性のポリティクス作者: 浅野俊哉出版社/メーカー: 洛北出版発売日: 2006/03メディア: 単行本 クリック: 9回この商品を含むブログ (16件) を見る スピノザにおける共同性とは、過去や未来に投影された理想郷でもなければ、現在の関係性に安住する…

 『スピノザ入門』(4)

『エチカ』の末尾で論じられている永遠性の経験とは、決して、霊的かつ禁欲的な道程の終着点として与えられているのではない。むしろ逆にそれは出発点である。なぜならそれは、あらゆる経験と同じく、万人に共有されているからである。そのかわり、認識の道…

 『スピノザ入門』(3)

すなわち、コギト〔「私は考える」というデカルト哲学の基本命題〕あるいはその代わりになりうるいっさいである。「人間は考える」という公準が置かれている(これはよく知られたことがらの〔単なる〕確認であって、〔デカルト〕の「私は考える」ではない)。…

 『スピノザ入門』(2)

おそらく最初に検討すべきなのは、スピノザの書物が危機に陥れた知的なバランスであろう。すなわち、批判者たちの観点からすると、スピノザの書物は、最も「近代的」なカルヴァン主義とデカルト主義的スコラ学とのあいだに暗黙のうちに架橋された同盟関係を…

 浅野俊哉『スピノザ―共同性のポリティクス』(5)

「子供になること[devenir-enfant]」。このスローガンほど、日本の八○年代を席巻した〈ポスト構造主義〉的な言説のなかで、明示的にあるいは暗示的に掲げられ、称揚された立場もないのではないだろうか。……簡単に振り返ってみると、外見的な晦渋さにもかかわ…

 浅野俊哉『スピノザー共同性のポリティクス』(4)

身体は無数の諸部分から成り立っているがゆえに、それは外の諸力は、身体に悲しみの感情をもたらす場合もあれば、喜びをもたらす場合もある。しかし、人間は自らの活動力を増大する外の力と多かれ少なかれ合致している以上、個人の主観性を越えたより大きな…

 スピノザ.B.D『知性改善論』(4)

これからして確実性〔確知〕とは想念的本質そのもの以外の何ものでもないということ、言い換えれば形相的本質を感受する様式の中にこそ確実性そのものは存するということが明らかである。これによって更に、真理であることが確かになるためには、真の観念を…

 スピノザ.B.D『知性改善論』(3)

人間はしかし無力のためその思惟によってこの秩序を把握できない、だが一方人間は、自分の本性よりはるかに力強い或る人間本性を考え、同時にそうした本性を獲得することを全然不可能とは認めないから、この完全性〔本性〕へ自らを導く手段を求めるように駆…

 スピノザ.B.D『知性改善論』(2)

ここでちょっと簡単に、私が真の善をどう解するか、また同時に、最高の善とは何かを語りたい。これを正しく理解するためには、次のことに注意しなければならない。すなわち善いとか悪いとかはただ相対的にのみ言われるのであり、従って同一事物でも異なった…

 モロー.P=F『スピノザ入門』(1)

スピノザ入門 (文庫クセジュ)作者: ピエール=フランソワモロー,Pierre‐Francois Moreau,松田克進,樋口善郎出版社/メーカー: 白水社発売日: 2008/08メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 11回この商品を含むブログ (11件) を見る 宗教的側面から見れば、異端…