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アガンベン.G『例外状態』(1)

例外状態 作者: ジョルジョアガンベン,Giorgio Agamben,上村忠男,中村勝己 出版社/メーカー: 未来社 発売日: 2007/10 メディア: 単行本 購入: 2人 クリック: 23回 この商品を含むブログ (26件) を見る Lo stato di eccezione 作者: Giorgio Agamben 出版社/…

アガンベン.G『例外状態』(2)

本研究では、「例外状態」(stato di eccezione)という語句を、それについての定義の提唱がなされる法的諸現象の一貫した総体を指すための専門用語として使用するだろう。……もし用語法が思考のまさに詩的な契機であるとするならば、用語の選択はけっして中…

アガンベン.G『例外状態』(3)

しばしば例外状態を特徴づける言葉として用いられる「全権」(pleins pouvoirs)という表現は、統治の諸権限の拡張に、そしてとりわけ法律-の-力をもった政令を布告する権限を執行部に付与することに関連している。この表現は、近代公法の用語体系にとって…

アガンベン.G『例外状態』(4)

例外状態の問題はレジスタンスの権利と問題と明らかな類似を呈している。とりわけさまざまな憲法制定議会の場では、憲法の条文にレジスタンスの権利を盛り込むことが適切か否かをめぐって、多くの議論がなされた。現行イタリア憲法の草案には、次のような条…

アガンベン.G『例外状態』(5)

まずもっては、用語上のいくつかの指摘をしておきたい。一九二一年の著作〔『独裁』〕においては、例外状態は独裁という形象によって提示されていた。しかしながら、自らのうちに戒厳状態を含むこの形象は、本質からして「例外状態」なのである。そして、「…

アガンベン.G『例外状態』(6)

このようにひとつの外部を法のうちに書きこむ操作をしているのは、『独裁』においては、委任独裁にとっての法規範と法実現(Rechtsverwirklichung)規範とのあいだの区別であり、主権独裁にとっての自らの憲法へと構成する権力と憲法へと構成された権力との…

アガンベン.G『例外状態』(7)

『政治神学』においては、例外状態を法秩序のうちに書きこむ操作をしているのは、法の二つの基本的要素のあいだの区別、すなわち規範(Norm)と決定(Entscheidung,Dezision)とのあいだの区別でもある。例外状態は、規範を停止することで、「決定という特殊…

アガンベン.G『例外状態』(8)

例外状態をめぐってのベンヤミン=シュミット関係書類における決定的な文書は、まちがいなく、ベンヤミンによってその死のわずか数ヶ月前に作成された歴史の概念についての第八テーゼである。そこには次のように書かれている。「被抑圧者の伝統はわたしたち…

アガンベン.G『例外状態』(9)

この光に照らして王の二つの身体についてのエルンスト・カントローヴィチの理論〔『王の二つの身体』(一九五九年)〕を再読し、いくつかの訂正をほどこしておくべきだろう。カントローヴィチは、彼がイギリスとフランスの君主政体のために復元しようと努め…

アガンベン.G『例外状態』(10)

この調査――「わたしたちがそのなかに生きている」例外状態という緊急性のただなかにあっての――目的は、わたしたちの時代の第一級の支配の奥義(arcanum imperii)を管轄している擬制を明るみに出すことだった。権力の「玉手箱」(arca)がその中心に内包して…

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(1)

アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人 作者: ジョルジョ・アガンベン,上村忠男,広石正和 出版社/メーカー: 月曜社 発売日: 2001/09 メディア: 単行本 購入: 3人 クリック: 64回 この商品を含むブログ (54件) を見る Quel che resta di Auschwitz. …

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(2)

責任の概念も、手のほどこしようがないくらい法律に汚染されている。法律の領域の外でその概念を用いようとしたことがある者は、だれでもそのことを知っている。それでもなお、倫理、政治、宗教は、法的責任から領土を引き離すことによってようやく、みずか…

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(3)

現代における死の零落について、ミシェル・フーコーは、政治用語を使ってひとつの説明を提示している。それは死の零落を近代における権力の変容に結びつけるものである。領土の主権という伝統的な姿のもとでは、権力は、その本質において生殺与奪の権利とし…

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(4)

かつてモーリス・ブランショは〔『終わりなき対話』)のなかで〕アンテルムの著作を論じて、「人間とは破壊されないものであるが、そのことが意味するのは人間の破壊には限界がないということである」(Blanchot,p.200)と書いたことがある。この場合、破壊…

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(5)

人間が生起する(ha lougo〔場所をもつ〕)のは、生物学的な生を生きている存在と言葉を話す存在、非-人間と人間とのあいだの断絶においてからである。すなわち、人間は人間の非-場所において、生物学的な生を生きている存在と言葉(ロゴス)のあいだの不…

アガンベン.G『アウシュビッツの残りのもの』(6)

いいかえれば、人間は、つねに人間的なもののこちら側か向こう側のどちらかにいる。人間とは中心にある閾であり、その閾を人間的なものの流れと非人間的なものの流れ、主体化の流れと脱主体化の流れ、生物学的な生を生きている存在が言葉を話す存在になる流…

 アガンベン.G『事物のしるし』(6)

第二章「しるしの理論」。 『ムネモシュネ』は、芸術家――あるいは学者――が、もし西洋の歴史的記憶の伝統のなかで問題にされてきた危険な作用を把握し実現したいのであれば、認識し操作することを学ばなければならない、そうしたしるしの図像集なのである。そ…

 アガンベン.G『事物のしるし』(5)

第一章「パラダイムとは何か」。 一九二四年から一九二九年にかけて、アビ・ヴァールブルクは『ムネモシュネ』と呼ばれることになる「図像集」に取り組んでいた。知られているように、そこで扱われていたのは複数のパネルの総体であり、パネルのうえには、一…

 アガンベン.G『事物のしるし』(4)

同。 流行(モード)もまた、しるしの特権的な領域である。まさしく流行においてこそ、しるしはその純粋に歴史的な性格を示す。というのも、そのつど認識されるべきアクチュアリティは、つねに時間的な参照と引用のたえまないネットワークを介して構成され、…

 アガンベン.G『事物のしるし』(3)

第二章「しるしの理論」。 しるしの理論は、十八世紀末に西洋の学問から消え去ってしまう以前、ルネサンスおよびバロックの時代の学問と呪術に決定的な影響を与えていた。この影響は、ヨハネス・ケプラーやゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツの著作…

 アガンベン.G『事物のしるし』(2)

同。 フーコーは『知の考古学』のはしがきと完全に一貫した仕方で、主体(科学共同体のメンバー)の観点にもとづいた通常科学の構成を可能にする基準から、主体へのいかなる準拠もない「言表の全体」と「形象」(「言表の全体が浮き彫りにされ」「そのように…

 アガンベン.G『事物のしるし』(1)

事物のしるし 方法について作者: ジョルジョアガンベン,岡田温司,岡本源太出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2011/05/11メディア: 単行本 クリック: 48回この商品を含むブログ (9件) を見るSignatura rerum作者: Giorgio Agamben,Anton Schuetz出版社/メーカ…