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ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(1)

無機的なもののセックス・アピール (イタリア現代思想2) 作者: マリオ・ペルニオーラ,岡田温司,鯖江秀樹,蘆田裕史 出版社/メーカー: 平凡社 発売日: 2012/09/01 メディア: 単行本 購入: 2人 クリック: 17回 この商品を含むブログ (8件) を見る Il Sex Appeal…

ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(2)

つまり人間はみずからを、もはや神としてでも動物としてでもなく、感覚するモノとして感覚するのである。……こうした感覚還元論においてわれわえれが理解するのは、モノの即自的存在でも、その本質でもなく、さらには、人間の存在なしにモノが存在するという…

ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(3)

思惟による感覚の近代的横領の歴史は、まさしくデカルトとともに始まった。彼にとって無媒介的かつ明瞭に感覚するモノとは、身体ではなく知性である。さらにデカルトによると、自分の身体、すなわち自分に所属する延長したモノからは、いかなる鮮明で明晰な…

ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(4)

中性的セクシュアリティにおいて、哲学過剰と性的過剰とは、互いに互いから養分を汲み上げている。哲学的冒険は、言葉の語源学的意味において、少なくとも現実の(realeの語源はres,すなわちモノである)次元に立ち入る可能性がなければ、味気なくかすんだ…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(5)

感覚の帝国、すなわちつねに新しい性的感覚の際限なき探求が示しているのは、セクシュアリティには独力で自己の過剰に到達する能力が欠けているということである。……それはあたかも、みずからの純粋さへと投げ出され、他の何ものによっても支えられることの…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(6)

モノ自体をあくまでも認識論の観点から考えるかぎり、それは定義上、人間の経験とは無縁のままにとどまる限界ー概念である。一方、達しえないほどの距離においてモノがあり、他方で、主体、自意識、統合的かつ関係的行為としての人間がある。……すなわちカン…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(7)

コンピュータ・グラフィックは、自然には決して存在しなかった。さらには存在する可能性すらないような顔を、連続的な細かいヴァリエーションによってつくり出す。それにより実現される挑発もまた、オリジナルのモデルへのいかなる参照からも解き放たれて極…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(8)

さて、いまだ無機的〔inorganico〕と脱有機的〔disorganico〕の差異をめぐる問いに答えていなかった。それは単純なことである。無機的なものだけがセクシーなのであり、哲学的である。無機的なものだけが本質的に音楽的なのだ。(p104)

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(9)

感覚するモノという中性的セクシュアリティにとって、個の独立、ペルソナの自律、主体の自由といった概念は、意味を欠いた言葉である。なぜならっ心と身体がその同一性において成立しうるのは、無機的な凝集力の魔力から決定的に逃れるときであり、まさにモ…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(10)

事実はこうだ。人間からモノへの感覚の転移に由来する共通経験の堅固な核において、プログレッシヴ・ロック、無機的なセクシュアリティ、モノの哲学が邂逅するのである。人間がもはやまったく感覚しないというわけではない。むしろ、この非人称かつ中性的な…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(11)

ところで、モノは断片とは本質的に異なっている。断片は自律的な有機性を要求する。断片は内部から自発的に生じて、自己充足的かつ本来的な統一性として措定されるのだ。それは不活性で無機的な欠片とは対極の生命原理である。断片はロマン主義的な有機的生…

ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(12)

女性性と男性性を一切考慮することなしに、セクシュアリティとそれに隣接する事柄について大著を書くにはどうすればいいか。ひょっとすると中性とは仮面を被った男性であり、そうすることで中立の立場に身を置いて、両性のあいだの闘いから必死で逃れようと…

ペルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(13)

無機的な もののセックス・アピールからさほどかけ離れていないのは、雌雄同体性(ヘルマフロデイト)である。それは、たとえば、乳房のある男性やペニスのある女性のように、ひとりの人物に両性の特徴をできるだけ接近させ、そこに両性を収めることを含意し…

ぺルニオーラ.M『無機的なもののセックス・アピール』(14)

セクシュアリティの理論にいたって概略的なこうした検証結果からわかるのは、無機的なもののセックス・アピールが、統一性を本質とみなす調和的展望にも、男性性と女性性との二元性に決定的な意義を付与する二元論的展望にも収まりきらない、ということであ…